第5章 27話 変わらない日常の中で 【時の輪廻 】

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 腕を組み椅子に座り真っ暗なパソコンの画面とにらめっこしている。机の上に散らばっている教科書やノート。その隙間からカレンダーが覗いている。

 

 今日は6月18日の月曜日。机の上に置いてあるネックレス。昨日、葵を見送ってからその事だけを考えていた。学校はサボった。今更学校へ行っても意味がないと思った。これから起きる地震は止めようがない。

 

 親には事情を説明しても、理解されないと思うし、説明するだけ無駄だから、適当にお腹が痛いと嘘をついた。

 

 天井を見上げた。ふと詩穂さんの顔が頭をよぎった。目を瞑った。詩穂さんは過去に戻ったのだろうか。

 

 スマホを手に取り、受信メールの一覧を確認した。詩穂さんからメールがきていた。しかし、それはすでに既読済みだった。俺が詩穂さんのメールを見ている。でも、その記憶はない。

 

 9時30分になった。詩穂さんは働いているのだろうか。それとも家にいるのだろうか。電話をしようか。電話をしまいか。通話履歴画面を行ったり来たりスライドさせて悩んだ。

 

 悩んだ挙句、結局メールを入れることにした。しかし、疑問に思ったのは詩穂さんの電話番号が登録されていることだ。うろ覚えで覚えておいた番号を入力しようとしたが、履歴画面に表示されていた。俺と詩穂さんは以前から接触していたという証明だった。

 

 どういう出会い方をしたのか想像もつかないが。

 

 メールを打った。

 

「おはようございます。透哉です。お話ししたいことがあるので、今電話できますか?」

 

 スマホを置いた。窓から太陽の光が差し込んでいる。時折聞こえる車の音以外は、外からは何も聞こえてこない。家の中も俺一人なので、静かだった。

 

 スマホのメール受信音が鳴る。スマホを手に取った。メールの相手は詩穂さんからだった。

 

「電話いいよ」

 

 あっさりとした文章が返ってきた。もうちょっと何かを期待していただけに、拍子抜けした。

 

 詩穂さんに電話をかけた。3コール目で詩穂さんは電話にでた。

 

「おはよう」

 

 詩穂さんのクリアな声が耳に届いた。

 

「あ、おはようございます。えーっと。詩穂さん。僕、戻ってきてしまいました」

 

 詩穂さんが電話越しで頷いたように感じた。

 

「うん。なんとなく察したわ。だってメールの内容がいつもと違ったからね」

 

 俺は耳たぶを掻いた。いつもと違うのか。俺はどんなメールをしていたんだろうか。改めて見るなんて恥ずかしい事はしないけど。

 

「覚えているかわからないですけど」

 

「なに?」

 

 詩穂さんの語尾が上がる。

 

「僕は麻美の声で空を見上げ、月を見ました。恐らくあそこにいた誰もが見たと思います」

 

「あー」

 

 詩穂は何とか思い出そうとしているのがわかる。

 

「あの後、僕は意識がなくなって過去に戻りました」

 

「あー。そうそう。私も同じだよ。景や葵ちゃんたちはどうなったのかわからないけど」

 

「そうなんですか」

 

 葵はあの後どうなったんだろうか。俺が今接している葵は葵だけど、葵じゃない。

 

「それはそうと。聞いてください。昨日、葵からネックレスを貰いました」

 

「ネックレスを貰った? 透哉君は過去に戻るとネックレスがなくなってるの?」

 

「いや、今回たまたまというか、ネックレスを貰うまで戻ったというか何というか。詩穂さんは違うんですか?」

 

 詩穂さんはしばらく沈黙していた。俺が話しかけようとすると、タイミングよく話し始めた。

 

「うん。私は過去に戻っても自分のネックレスは消えなかった。恐らくバグか、何らかの原因があるんだと思うけど……」

 

 景さんと同じことを言うんだな。詩穂さんは続けて言った。

 

「ネックレスがあるとかないとか、法則性は、まぁ置いといて、どうやったらこの状況を打開できるかを考えないとね」

 

 俺はスマホを持ち替えた。

 

「そうですね。ただ石を合わせるだけじゃ何も起きなかった」

 

「そうだね」

 

「それはそうと、僕と詩穂さんっていつから連絡とってたんですか?」

 

 詩穂がうーんっと言い、考えている。

 

「正確には、透哉君がバイトを始めたときだから。だいたい一年前くらいかな。まぁそれ以前にも何度か会ってはいるんだけど、ちゃんと話したのはその時からだよ」

 

 詩穂はフフっと笑った。

 

「ということは、あのネットカフェで働いているんですか?」

 

「そうそう。そういうこと」

 

「そうなんですね」

 

 ちょっと驚いた。同じバイト先で働いているなんて。

 

「自分から話題変えといて、何ですが、ネックレスが売っている場所がわかりました」

 

「ほんと!?」

 

 詩穂さんの声が高ぶっているのがわかる。

 

「はい。葵は、いや彼女は日暮里の谷中銀座で買ったみたいです」

 

 詩穂の笑い声が聞こえる。

 

「別に言い直さなくていいよ。透哉君から彼女の事はもう聞いているし、実際会ってるし」

 

「ああ、そうでしたね」

 

 変な汗が出てきた。俺は詩穂さんにどこまで話しているんだろう。変な事は言っていないだろうな。

 

「それにしても、日暮里の谷中銀座かぁ」

 

 思いもよらない場所だったのだろうか。詩穂さんは何か考えているようだ。

 

「谷中銀座に何かありました?」

 

「いや、特にないんだけどね」

 

「そうですか。僕、明日にでも谷中銀座に行ってみようと思っています」

 

「明日っていうと、透哉君バイト入っているけど、大丈夫なの?」

 

 バイトか。詩穂さんにちょっと待って下さいと言い、バッグから手帳を取り出した。6月のページを開く。確かに19日の所に○でマークがされている。

 

「すみません。今、確認したら、やっぱりバイト入っていました。でも、時間までには絶対戻ってくるので大丈夫ですよ」

 

「学校は?」

 

「サボります。どうせ、行かなくたって東京は壊滅するんだし」

 

「ハハハっ。不良だね」

 

 詩穂さんは小馬鹿にするように笑っている。ちょっと頬が熱くなった。

 

「学校なんてこの際、どうだっていいんですよ。行っても行かなくても。今は葵を助ける事と今の状況を解決することが先決ですから。勉強なんて、後からでも間に合いますし。それに俺、高校生じゃないし」

 

「わかった。わかった」

 

 詩穂がムキになった俺をなだめるように優しくなだめた。

 

「とりあえず、明日行ってきますので、バイトの時にでも報告しますよ」

 

「うん。わかった。よろしくね!」

 

「それじゃ、また明日」

 

 電話が切れた。椅子から立ち上がり、窓の外を見た。おじいさんが杖をついて歩いている。窓を開けると、暖かい風が部屋の中へ入ってきた。日常は変わりなく過ぎていく。俺たちだけが、違う道を歩んでいる。

 

 でも、俺たちが違う行動をすることで、影響されていく人たちもいるはずなんだ。

 

 今まで考えなかったことも、いや、例えばああだったらいいな。こうだったらいいな。とか笑いながら考えることはあった。

 

 けど、こんな状況になってしまったからこそ真剣に考えてしまう。並行世界、いや違う。生命は時空を超越する事ができるのだろうかと。

 

 地震が起きる前も、起きた後も、SFに関する映画を見たり、小説を読んだりもした。

 

 俺のやっていることは正しいのだろうか。本当に正しい未来になるのだろうか。

 

 博人や絵理が生きる未来は本当に正しい世界なのだろうか。

 

 俺がやっていることは間違っていないのだろうか。

 

 でも、そうじゃなければ、俺は何の意味があってこの世界に来たのだろうか。例え、俺が来たことで、世界が変わろうとも、俺が元の世界に戻れなくなろうが、葵だけは救いたい。

 

 それだけは今も変わらない。

 


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